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No.1 小国士郎さん「注文をまちがえる料理店」を読んで

JUGEMテーマ:読書感想文

 

図書館で見つけた、本棚でキラッとした本です。

 

何年か前に、なにかのメディアで聞いたことのあるこの題名に惹かれました。

 

認知症を抱える人がホールスタッフとして働く「注文をまちがえる料理店」のエピソードとできるまで、これからのことが書かれていました。

 

読んでいて、何度も涙が流れました。

 

哀れみでも悲しみでもない、あたたかい人と人との関係に触れたときの優しい涙でした。

 

特に心に残っていることをいくつかご紹介します。

 

まずひとつめ。

 

「認知症」という言葉を知っている人は多いけれども、「”知ったかぶられている”言葉である」というところです。

 

認知症、LGBT、発達障害等、よく使われている言葉の、本当の意味や関わっている人を考えたことがないのに、知ったかぶっていたなと改めて気づかされました。

 

本でもいいので、「知りたい」という欲求につながりました。

 

ふたつめ。

 

介護に関しての協力者となっていた和田さんの言葉。

 

「認知症である前に、人なんだよな」

 

当たり前のことなのに、「認知症の人」とひとくくりに考えている自分がいたことに気づかされました。

 

認知症だけではない、他のことに関しても、このように考えているのではないか。

 

それは、ちょっと怖いことだと思いました。

 

みっつめ。

 

ヨシ子さんという方のエピソードの中の言葉。

 

「自分が満ち足りているときは、人に対して寛容になれます。」

 

あ、そうだよね。と、すっと心に入ってきた言葉でした。

 

自分の心が満ち足りているときは、寛容になれる。

 

『「ま、いいか」という寛容さ』

 

その寛容さを持つためには、どうあればいいんだろう。

 

よっつめ。最後です。

 

この料理店を通して、伝えたいメッセージはないというところ。

 

本を書いているくらいなのですから、何かメッセージ性があると思いきや、最後の方に来て、伝えたいことはないとは。

 

この気楽さに、救われました。

 

いや、小国さんは全然気楽じゃないということは、読んでいてわかるのですが、”あえて”の理由をつけて、”知らないことを知ろう!”としなくていいんだ、と思えました。

 

そう思えることによって、知ったかぶっていた言葉を知るために、知る行為をしようと思えました。

 

パラリンピックのことを知りたいけど、障害者の人が周りにいないから、知ることをやめる。

 

そんなばからしい考えは、すっと消えていきました。

 

 

もっと、ぐっときたことはたくさんあるけど、書ききれません。

 

本当に出会えてよかったと思える本でした。

 

ありがとうございました。

 

 

ちなみに。

 

本の最後に、今後の小国さんの目標のようなことが書いてあったので、インターネットで調べてみました。

 

小国さんは会社を立ち上げてらっしゃるんですね。

 

会社名がかっこいいし、潔いですね。

 

インタビュー記事を読んでみたいと思います。

 

 

和田さんの介護のことも、知りたいな。

 

 

斜線の文字は以下を参照・引用しました。

小国士郎「注文をまちがえる料理店」あさ出版 2017.11.9

38、165、202、219、233頁。